取材日:2022年6月29日
──古橋さんは現在、東京と大阪を拠点に音楽ワークショップや母校・東京藝術大学での研究助手のお仕事など幅広くご活躍されています。元々学部時代は、楽理科(音楽学系)に進学されたそうですが、その経緯を教えていただけますか?
小さい頃からピアノを習っていたのですが、練習はあまり好きではなくて…!でも音楽は好きだったので、“演奏の技術を磨くこと”だけでなく“音楽の周りにあること”を、広い視点で勉強をしたい、と思ったのが楽理科に入ったきっかけですね。具体的に言えば、コンサートって、演奏後に観客が拍手をしますよね、それって冷静に考えると不思議な空間だな、なぜなのだろう?という疑問や、音楽は記憶を喚起することがあると言われていますが、それはどうしてなのだろう?という疑問に対する考えを深めることでしょうか。
あとは、(元々クラシックのピアノを習っていたので)他のジャンルの音楽にも触れてみたいという気持ちもありました。クラシックとは違うジャンルの音楽だと、民族音楽などは、その民族がどういう生活をしているのかなどと結びついていたりして、面白そうだなと感じたのです。

──確かに、音楽のジャンルにとらわれず学ぶことは、視野を広げるきっかけになりますよね。楽理科の専攻科目というのは、何だったのでしょうか?
実は楽理科は何を研究するかを予め決めて入学する人もいるのですが、在学中は様々な角度からとても幅広く音楽について学ぶことができます。元々ベートーヴェンの研究をしたくて入った人が、卒業の時にはガムランの研究をしていたこともあります。卒業生でも、演奏家として活動している人もいれば、研究者になる人もいます。私も一つの事に関心が定まっていなかったので、とにかく色んなことを勉強したいと思っていました。
──そうだったのですね。学部卒業後には、藝大大学院(国際芸術創造研究科 アートプロデュース専攻)に進学されていますが、こちらではどのような事をされていたのでしょうか?
楽理科では、幅広くやってみたいことに取り組んでいたのですが、そのうちに自分自身は様々なジャンルの音楽に触れるのが面白いと思うようになりました。演奏してみたり、勉強してみたりしたのですが、どれも社会とのつながりが希薄だなと思っていて、“文化芸術と社会のつながり”に興味を持つようになりました。

──古橋さんは、大学院の時からすでにそういった視点を持っていたのですね。大学院修了後には、劇場やコンサートホール向けのコンサルティング会社にご就職されました。それはどのような経緯だったのでしょうか?
大学院在学中に東京文化会館主催の音楽ワークショップリーダー*育成プログラムを受講したのがきっかけで、音楽ワークショップリーダーとして活動をし始めていて、ゆくゆくはワークショップの仕事だけで生きていきたいと思っていました。でも、最初はそれだけで生活するのは難しかったので、劇場やコンサートホールのコンサルティング会社に就職をして、副業としてワークショップの活動を続けることを選択したのです。
就職は生活のためでもあったのですが、業界でのコネクションや知識もなかったので、現場での経験はとても有り難いものでした。仕事内容については、例えば新しく劇場を作りましょう、となったときに、それがどのような劇場で、どのような人たちに、どのような目的で使われる劇場なのか等を検討するお手伝いをします。既存の劇場で、運営に課題がある場合は、その改善策を検討することもありました。また、地方を含め、全国各地の劇場についても知ることができて勉強になりました。
*音楽ワークショップリーダー
音楽ワークショップで参加者をリードする重要な役割を担う。音楽的能力だけでなく、高いコミュニケーション能力が必要とされる。
──その後フリーランスになられたのですね。先ほどお話にも出ていた、東京文化会館主催のワークショップリーダー育成プログラムに参加したきっかけと、音楽ワークショップの魅力をぜひお聞かせいただけたらと思います。
大学院3年目で休学していたときに、音楽と社会をつなぐ取り組みにたくさん参加していた中で、偶然東京文化会館の育成プログラムのチラシを見かけたのがきっかけです。5期生として、トレーニングに参加しました。プログラムを受ける前は、“クラシック音楽をより多くの人身近に感じてもらいたい”と思い、様々な活動をしていましたが、いつからかそれは“エゴかもしれない”と感じるようになり、個人的に悩んでいた時期でした。ポルトガルのカーザ・ダ・ムジカ*という音楽施設のメソッドを取り入れたこのプログラムに参加して、“音楽って楽しかったんだ”と改めて気づかされました。プログラムは、短期・長期の2コースがあり、大学院の研究テーマの関係で海外にリサーチに行くことを計画していた私は、申し込み時は短期コースで受講するつもりでしたが、あまりにプログラムが魅力的で「もっと勉強したい」と強く思い、急遽海外行きをキャンセルし、長期コースで引き続き音楽ワークショップを勉強させてもらうことにしました。
ワークショップをすることで、音楽を必要としている人たちに音楽を"聴くこと"はもちろんですが、それよりも音楽を“体験する”楽しさを届けたいです。究極、全ての人が音楽を好きになる必要はないと思いますが、必要としている人に届かないのは、良くないと思っています。
私たちが携わっているワークショップでは、幅広い目的と対象を設定していて、例えば、乳幼児向けには、音楽とのファーストコンタクトの機会を提供する、もう少し上の年齢向けには、音楽のどういうところが面白いかを、簡単な音楽理論なども交えながら体感してもらいます。“教える”よりも“自分自身で追求してもらう”という側面が強いのも、ワークショップの魅力ですね。高齢者向けには、音楽を通して気持ちを解放できたり、コミュニケーションができるようになったり、と様々な目的があります。
また、社会包摂のためのプログラムを実施する際は所謂社会的に弱い立場にある方々を対象に行うことも多いですし、
そうでなくてもこの生きづらい世の中で、健康維持のためにジムに行く感覚で気軽にワークショップに参加して”音楽する”ことで気分がリフレッシュしたり、変化を感じてもらえれば良いなと思っています。元気がない時に、良い音楽を聴くと助けられることもありますよね。
*カーザ・ダ・ムジカ
ポルトガルで初めて本格的に教育普及事業に取り組むポルトにある劇場。幅広い世代、様々なバックグラウンドを持った人々に豊かな音楽体験をしてもらうことを教育プログラムの使命として掲げている。地域に密着した活動や市民が積極的に参加できる企画を展開している。
──ありがとうございます。古橋さんのワークショップへの想いが良くわかりました。さて、現在は東京と大阪の2拠点でお仕事されていますが、お仕事の内容や代表的な1週間の予定などをお話しいただけますか?
時期によって変動がありますが、週の前半は東京、後半は大阪ということが多いですね。2拠点と言うと周りから驚かれることもあるのですが、今の時代どこでも仕事ができるので、特に大変なことではないです。移動中には音楽を聴きながら、ワークショップのアイデアを考えたり…事務仕事も移動中にパソコンで出来てしまいます。
仕事の内容としては、ワークショップリーダーとしての活動と、東京藝術大学での研究助手がメインです。
今は関東での仕事が多いのですが、大阪をはじめとする関西でもワークショップを企画していきたいと思っています。大阪は、私自身が住んでいるというのもあるのですが、地域ごとの課題と向き合いながら、その地域に根ざしたものを作っていきたいです。
──今の時代に合った働き方で、ご自身のやりたいことを実現されて素晴らしいです。最後に、今後の夢・抱負などお聞かせください。
ワークショップのような、“聴くだけ”ではなく自らが音楽を体験できる場所がもっともっと増えていって欲しいです。私自身も活動をもっと広げていけたらと思っていますがし、音楽ワークショップリーダーという仕事が、音楽家のキャリアプランの一つになればいいなとも思っています。
ワークショップリーダーをしていて感じるのですが、本当に総合的な音楽の知識や技術が必要で、その場にあったアレンジ能力や、即興力・創作力が求められます。それから、専攻以外の楽器も積極的に取り入れていますね。ワークショップに参加していただく方には、ただ一緒に音楽を楽しむだけではなく、その場に集った人々とその日その場でしかでき得ない音楽を作り上げます。
自分の音楽家としての様々なスキルを最大限にいかしながら、初めましての人々と、最高の音楽を作り出そうとする作業はとても面白く、音楽大学などで音楽を追求してきた人にとってもとてもやりがいのあるものだと思っています。